不動明王のお告げ
一人ひとりに伝えられている大切なメッセージ
2020年2月25日(火)、シアトル高野山(Seattle Koyasan Shingon Buddist Temple)へ表敬訪問のために渡米。その時、国際線で乗り合わせた三列前の席に座っていた男性乗客が急死。帰国後、「不動明王のお告げ」を授かるように…
本日のお告げ
本日の不動明王のお告げ
「人びとの苦しみには原因があり、人びとのさとりには道があるように、すべてのものは、みな縁(条件)によって生まれ、縁によって滅びる。
雨の降るのも、風の吹くのも、花の咲くのも、葉の散るのも、すべて縁によって生じ、縁によって滅びるのである」
(20230831AM3:33)
本日は、早朝目覚めた瞬間に上記の「不動明王のお告げ」、メッセージを授かりました。
実は、今朝のアメブロにも投稿しましたが、昨夜、久しぶりに強烈な「金縛り」に遭いました。
誰かに体を押さえつけられているような息苦しさを感じ、体を動かそうとしても力が入らず、声を発しようとしても出ませんでした。
金縛りとは、睡眠中に体が麻痺して動けなくなる現象です。
通常、睡眠の過程で、脳は身体の動きを抑制する信号を送ります。
しかし、この制御が何かの原因で正しく切り替わらず、目が覚めている状態で、身体が麻痺してしまうことがあります。
つまり、体は休息しているのに、脳だけが覚醒している状態です。
この時に、悪夢を見てしまい、突然起きようとしても体がすぐに反応しないために、前述のような恐ろしい金縛りという経験をします。
なお、金縛りは一時的な現象であり、一般的には身体に害を及ぼすものではないとのことですので、ひとまずは安心ですね。
『縁と生滅』
人びとの苦しみには原因があり、人びとのさとりには道があるように、すべてのものは、みな縁(条件)によって生まれ、縁によって滅びる。
雨の降るのも、風の吹くのも、花の咲くのも、葉の散るのも、すべて縁によって生じ、縁によって滅びるのである。
この身は父母を縁として生まれ、食物によって維持され、また、この心も経験と知識とによって育ったものである。
だから、この身も、この心も、縁によって成り立ち、縁によって変わるといわなければならない。
網の目が、互いにつながりあって網を作っているように、すべてのものは、つながりあってできている。
一つの網の目が、それだけで網の目であると考えるならば、大きな誤りである。
網の目は、ほかの網の目とかかわりあって、一つの網の目といわれる。
網の目は、それぞれ、ほかの網が成り立つために、役立っている。
花は咲く縁が集まって咲き、葉は散る縁が集まって散る。
ひとり咲き、ひとり散るのではない。
『勝鬘経』(しょうまんぎょう)
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ブッダのおしえ
「お経」のことば
財団法人 仏教伝道協会より
財団法人 仏教伝道協会発行の『ブッダのおしえ』(お経のことば)から引用しています。
当協会発行の「電子版」もございますので、気になられた方はぜひご覧いただければ幸いです。
チベットでの強烈な金縛り体験
昔、チベットでも金縛りに遭ったことがあります。
特に、チベットの密教パンテオン(神々)でもある護法神(サンスクリット語でダルマパーラ、チベット語でチューキョン)が出現した時のことは今でも鮮明によく思い出します。
ダルマとは「仏の法(教え)」、「パーラ」は「守護者」の意味です。
特に、忿怒相の尊格「不動」(アチャラ)や降三世(トライローキャヴィジャヤ)、大威徳(ヤマーンタカ)、馬頭(ハヤグリーヴァ、チベットではタムディン)などは人によっては一目見ただけで気絶するほど物凄い恐ろしい姿をしています。
「不動」(アチャラ)・降三世(トライローキャヴィジャヤ)・大威徳(ヤマーンタカ・馬頭(ハヤグリーヴァは、仏教の教え(ダルマ)と曼荼羅の方位を守る十忿怒尊(じゅうふんぬそん)です。
また、別の機会をもうけて説明したいと思います。
なお、金縛りは、私たちの深層心理や潜在意識と深く関係しているともされます。
もしかしたら、チベットでの強烈な金縛りから、「不動明王のお告げ」がすでに始まっていたのかも…です。
合掌